将棋雑学・小ネタ

鹿児島の将棋界のはなし

今回は、いつもと趣向を変えて、私の地元である鹿児島県の将棋界についての記事です。

地方の将棋界の歴史とこれからを、私の想い出も交えながらつらつらと語っていきたいと思います。

香西健男氏が興した鹿児島将棋界

鹿児島県の将棋界の歴史を語るのに、故香西健男先生の話は欠かせません。

香西先生は、第2回アマ王位戦(昭和30年代に2回だけ開催された全国大会)で優勝し、日本将棋連盟からアマチュア六段位を贈られた強豪です。

アマチュア六段位は、水野良三氏(東京都)、若松政和氏(兵庫県※後にプロ入り。谷川浩司九段の師匠)に続き3人目。

香西先生は、鹿児島県はもちろん、九州棋界のスターだったわけです。

ちなみに鹿児島県で、実力によるアマチュア六段を獲得したのは2021年現在、香西先生だけ。

その香西先生に続けと、県内の将棋愛好家が奮起したのは想像に難くありません。

香西先生(正確には先生のご婦人)は「日本将棋連盟鹿児島支部」を設立。

鹿児島県髄一の繁華街である天文館に「天文館将棋センター」を開き、鹿児島県の将棋界の発展に長く大きく貢献されました。

天文館将棋センターの想い出

ときは大きく流れて2002年。

将棋にハマりだした私は、中学1年生のゴールデンウイークに、電話帳で「天文館将棋センター」を発見しました。

当時は、ちょうど将棋倶楽部24が広がり始めたくらいのネット将棋黎明期。

もちろん、ネットで将棋が指せるなんて知らなかった私は、将棋センターの扉を叩きました。

はじめて道場に足を踏み入れ、中学1年生の私はカルチャーショックを受けました

なんだこの異空間は・・・?

タバコを煙らせて将棋を指す人。

なぜか駒台の横に小銭やお札を置いている人。

中学生には刺激が強い、卑猥なワードを連発する人。

将棋を指さずにソファで競馬新聞にマルを入れている人。

どこを眺めても、鹿児島県にここ以外には絶対無いだろうという魔境が広がっていたのです。

しかし、悪い人は1人もいませんでした

みんな、初心者に毛が生えたくらいの棋力の私をバカにするでもなく、息子のように可愛がって将棋を教えてくれました。

香西先生にも、さすがに平手というわけにはいきませんでしたが、6枚落ちから何局も教わりました。

将棋センターは換気のためにいつも窓を開けており、外からは有線放送が流れてきていました。

よく覚えているのはポルノグラフィティの「Mugen」。

ちょうど日韓ワールドカップの時代です。

今でも「Mugen」を聞くとセンターの情景が心に浮かび、なんともノスタルジックな思いがかきたてられます。

私の心の中には、今でも天文館将棋センターの使いこまれたシャム柘植の駒、タバコのにおい、オジサンの猥談、Mugenのメロディが鮮明に刻み込まれています。

昭和の将棋界には、全国にこのような場所があふれていたのだと思います。

禁煙・分煙が当たり前、何をするにもコンプライアンス遵守!な現代ではまず再現できない空間でしょう。

将棋道場の数は減少の一途をたどっていますが、リアルで将棋を指せる場所ってすごく大切なのではないでしょうか。

時代によって形は変わっていくのだろうけど、人と将棋を指す楽しみを感じられる場所は守っていきたい。

私はそう考えています。

なお、鹿児島市には、山口二三雄(ふみお)先生が主宰する「谷山王将会」という教室があり、こちらは子どもに特化した将棋教室です。

そちらの方が最初の入り口としては良かったのかもしれません。(笑)

ネット将棋の普及と愛棋家の高齢化

鹿児島県の愛棋家の想い出がいっぱいつまった天文館将棋センターも、2000年代後半からは厳しい状況が続いたようです。

主な要因は、ネット将棋の普及と愛棋家の高齢化でしょう。

特に、愛棋家の高齢化の影響は大きく、ご病気になったり、亡くなられたりして県棋界を支えていたファンが少しずつ減っていく様子は、寂しいものがありました。

一方、新しい世代はなかなか開拓できませんでした。

それは、もしかしたら将棋道場というディープすぎる空間が時代に合わなくなってきてたのかもしれないし、娯楽の多様化による影響も大きいでしょう。

ネット将棋の本格的な普及以降、将棋を指す文化はなかなか勢いが戻りません。

それは、藤井ブームが訪れた今も一緒。

AbemaTVの将棋中継では、藤井聡太先生の対局を何十万人という方が視聴しているのに、実際に将棋を指す人間が増えている感覚はありません。

観る将をきっかけに将棋に興味を抱いた方に、将棋を指す楽しみも知ってほしい

そんな思いで、私は日々の普及活動やこのブログ(きゃべ夫の将棋畑)の運営に取り組んでいるつもりです。

鹿児島支部の閉鎖とさつま支部発足

先に書いた事情を受け、天文館将棋センターは次第に規模を縮小。

そして2020年11月、鹿児島支部は閉鎖する運びとなりました。

その後の県棋界の在り方について、色々と協議が行われた結果、新たに「日本将棋連盟さつま支部」を結成することとなりました。

支部長には、2013年の第20回全国シニア将棋名人戦で全国優勝した鮎川哲朗さんにご就任いただき、事務方は30~40代が中心で務めることに。(私も、県外在住ですが幹事として微力ながらお手伝いしております)

かつて天文館将棋センターで修業した仲間や、将棋普及に情熱を捧げる方たちの支えで、鹿児島県棋界は新たな一歩を踏み出しました。

そして、2020年12月27日(日)、さつま支部発足記念将棋大会を開催。

コロナ禍でしたが、約50名の方にご参加いただき、盛況でありつつも密集はしすぎない規模での素晴らしい大会になりました。

将棋ガチ勢の新市長

大会には、2020年12月に就任したばかりの下鶴隆央鹿児島市長もお見えになりました。

なんと、下鶴新市長は高校時代に、高校竜王戦の鹿児島県大会を3連覇した実力者

間違いなく、全国の自治体の首長で最も将棋が強い方でしょう。

>>下鶴隆央市長プロフィール(鹿児島市)

松尾流穴熊で県トップクラスの強豪に快勝した下鶴新市長(右)。ガチで強い!!

さつま支部の活動(大会や将棋教室の情報)は、Webサイトで発信しておりますので、ぜひご訪問下さい。

>>日本将棋連盟さつま支部

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夢は大きく、プロ棋士を輩出!

ところで、香西先生の時代から今日にいたるまで、鹿児島県出身の棋士は誕生していません。(女流棋士では、森安多恵子先生(鹿児島県霧島町ご出身)がいらっしゃいます)

日本将棋連盟さつま支部では、県棋界の悲願である「プロ棋士の輩出」を目指し、普及・指導活動に取り組んでいます。

かつては、将棋を学び、強くなるには大きな地域格差がありました。

しかし、ネット将棋の普及や、研修会の地方展開により、格差は少なくなっていると言えるでしょう。

また、鹿児島で将棋を指す子どもの数は、私が子どもだった頃と比べ大幅に増えています。

プロ棋士の輩出は、壮大ではありますが、きっと無理な夢ではないと考えています。

まずは、将棋を楽しいと感じていただけるファンを増やし、技術面も向上させて、県棋界の悲願をいつか達成したいものです。

今回は、いつもと趣向を変えて、鹿児島県の将棋界に関する思いをのべました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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